狂気の始まりと「育てる」喜び
20歳の時、友人から教えられた
「生デニム(ノンウォッシュのリジッドデニム)」という存在は、
私の価値観を根底から覆しました。消費されるだけのただの服ではなく、
「自分の手でデニムを育てる」という発想にひどく興奮したのを今でも鮮明に覚えています。
居ても立っても居られずなんばパークスへ向かい、
人生初の1本となる「ドゥニーム(ボタンフライ)」を手に入れました。
最初は鉄板のようにガチガチで、穿き心地は決して良いものではありませんでした。
しかし、私の熱狂は冷めるどころか加速し、
寝る時すら穿き続けるほど「共に歩む」感覚に完全に取り掛かれました。
知識がないゆえに、初めての洗濯でガス乾燥機に放り込み、
無惨に大きく縮ませてしまうという手痛い洗礼も受けました。
それでも構わず毎日穿き倒し、自分の生活の証がそのまま刻まれた傷やほつれ、
ダメージを蓄積させ、2年でズタボロの限界を迎えるまで愛用し尽くしました。
探求と「道具」としての哲学
この経験を通じて、私は単なるファッション好きから、
デニムの素材や構造、歴史背景を探求する専門家へと変貌していきました。
日本のデニムの頂点とされる「ジャパンブルージーンズ」を手に取り、
その織りの密度や染色の深みに触れるたび、日本の職人技術の高さに驚いたものです。
やがて行き着いたのが「リゾルトジーンズ」でした。
デニムは単なる消耗品ではなく、使い込むほどに手になじみ、
自分だけの表情を見せる「道具」であるという哲学に、私は心底からきょうめいしました。
知識を学べば学ぶほど、ただのファッションアイテムが、自分の人生を共に歩む相棒へと変わっていきました。
地元の誇りとストーリーへのきょうめい
知識を深める中で出会ったのが、地元・大阪の郊外ブランドである「大園デニム」でした。
単に品質が良いだけではなく、自分の知っている土地から生まれたブランドであるという事実に、
不思議なごえんを覚えました。
中でも忘れられないのが、さかいの伝統産業である火縄銃の金属素材をボタンに使用した一本です。
歴史と伝統工芸が自分の身近なデニムという形で宿るという事実に、ロマンを感じずにはいられませんでした。
この一本は5年以上経った今も、私の一番のお気に入りとして現役で活躍しています。
知識よりも「経年変化」を愛する変態性
現在も、2本のデニムを年代違いで回し着用していますが、
知識量ではマニアの方々に全く及ばないと自覚しています。
それでも自分なりの着用ルールがあります。
それは「洗濯はできるだけしない」というルールです。
一般的にはふけつと思われるかもしれませんが、自分の汗や生活の痕跡が繊維に直接刻まれ、
世界に1つしかない色やシワを作り出すという過程そのものに、極上の官能的快楽を覚えてしまうのです。
これは知識ではなく、体験としてしか理解できない境地だと思っています。
クラフトマンシップと挑戦者への強烈なリスペクト
大量生産・大量消費の時代においても、
小さな工房で一本一本丁寧にデニムを織り上げる作り手たちの心意気に、私は強烈な敬意を抱いています。
効率だけを追い求めるなら、彼らのやり方は非合理かもしれません。
それでも自分の哲学を貫き、挑戦を続ける姿勢にこそ、本物の価値が宿ると信じています。
デニムを通して見えてきたのは、他人の情熱の奥底にある本質にきょうめいし、
その背景に隠されたストーリーをすくい上げる姿勢こそが、私のすべての活動——ビジネス、ものづくり、そして日々の仕事——の根底に流れる、絶対的な美学だということです。