挫折と好奇心の記録。
挫折続きの原点
小2から本格的にサッカーを始め、小5で大阪トレセンに選ばれるも大挫折を経験。
高校時代、プロサッカー選手を目指して石川県金沢市へ国内留学しました。
本気で小2からプロを目指していたというより、なるもんやと思ってました。
高2の夏、夕方試合中に右足首の靱帯断裂をし長期離脱を経験。
この経験によって多くの人や言葉と出会い、考え方や物事の見方、捉え方に大きな変化がありました。
プロサッカー選手になる目標に見切りをつけ、大学進学。
大学では部活動ではなく、全国レベルの社会人サッカーサークルに入りました。
そこでも全国レベルの実力者揃いで、挫折。
学生時代を振り返れば挫折まみれでした。
20代、一度組織を離れる
20代、私は新卒入社ではなく、3年ほど独立して活動していました。
靴磨き事業、社会人サッカーメディア事業、
複数の会社へのコンサルティングを行いながら、日々無呼吸で生きていました。
ビジネス構築の難しさ、社会の厳しさを目の当たりにしました。
綺麗事では飯は食えません。売上よりも、利益。継続性。
この経験が、今の「顧客の課題を聞き出し、戦略に翻訳する」という仕事の原型になっています。
現在私は、会社員というサブスクサービスを会社に提供しています。
日々、有り難みを感じています。
現場でしか学べないことがある
豆腐ブランド立ち上げに向けては、1週間で大阪の豆腐店を食べ歩き、
ニガリ商社を訪問し、量産型の豆腐工場で約2ヶ月間、泥臭く現場で働きました。
机上の空論ではなく、現場に自分の足で立ち、実際にお会いすること。
それが私のやり方です。
これから
独自の商品やサービスを、自分の手でかたちにしていきたい。
誰かのきっかけになるもの、何かの役に立つものづくりをしていきたい。
価値を生み出せば、そこに自然と循環が生まれる。
そんなイメージをしています。