スパイクの手入れ、木曜の玄関でサッカーの続きを用意している

木曜の夜、玄関でシューズケースを開ける。

片方のスパイクを出すと、底から小さな土の粒が落ちた。

もう片方も取り出して、用意した紙の上に並べる。

スマートフォンには、まだ返していない連絡がある。

ひとまず画面を伏せて、靴ひもを緩める。

この前の試合では気づかなかった擦れが、つま先の横に見つかる。

どこで付いたのかは、思い出せない。

覚えているのは、終盤に通らなかったパスのほうだ。

布を手に取る。

あのパスはもうやり直せないけれど、この一足は、次の試合にも持っていくつもりでいる。

スパイクの手入れで、何を見ているか

紙の上に並べた黒いスパイクと布、横向きの靴に見える靴底の突起
裏返すと、履いている間には見えない部分がある。(生成イラスト)

スパイクの手入れは、見た目をきれいにする時間でもあり、普段は見ていないところを確かめる時間でもある。

履いているときに見えるのは、主につま先と靴ひものあたり。

手に持って裏返すと、底の突起や、靴底との境目まで目に入る。

道具を使っている時間と、道具そのものを見ている時間は、意外と重ならない。

サッカーの競技規則にも、足元について少し意外な決まりがある。

国際サッカー評議会(IFAB)の競技規則第4条では、シューズが偶然脱げた選手は、できるだけ早く、遅くとも次にボールがアウトオブプレーになるまでに履き直すことになっている。

そして、履き直す前にその選手がボールをプレーしたり、得点したりした場合、その得点は認められる。

靴が脱げた瞬間に、それだけでプレーが無効になるわけではないのだ。

もちろん、これは偶然脱げたときの扱いで、脱いだままプレーを続けるための決まりではない。

同じ条文は、危険な用具を使ってはいけないことも定めている。

試合でボールを扱う足元には、ちゃんとルールがある。

けれど、毎週の靴ひもの状態を、主審が代わりに覚えてくれるわけではない。

前回よりほつれが目立つか、気になる傷みがないか。

自分の手元で気づくことも残っている。

手入れの仕方は、素材や製品の案内によって異なる。

だから、ここで一律の洗い方や乾かし方を決める必要はない。

いつもの一足に合った扱い方を確かめながら、今の状態を見る。

何も見つからず、元の場所へ戻す日もあるだろう。

それでも、次にケースを開けるときには、自分が一度見た道具を取り出すことになる。

スパイクは、試合に出られなかった週も、玄関や棚に置かれている。

予定が合わず、ケースを開けないまま週末が終わることもある。

出番がなかったからといって、その一足を手放すわけではない。

次に履く日が決まったとき、また取り出す。

毎週欠かさず出場することだけでは説明できない、続き方がそこにある。

次に履くつもりで、元へ戻す

玄関の棚にそろえた黒いスパイクと、隣に置かれた開いたシューズケース
次に使うつもりで、いつもの場所へ戻す。(生成イラスト)

仕事で、前に使った資料をもう一度開く。

以前はそのまま使えた書類でも、担当者や日付が変わっているかもしれない。

保存してあったから大丈夫、と送る前に、必要なところを読み直す。

何も修正しないこともある。

けれど、確認したうえで渡すのと、前回のままと思って渡すのとでは、自分が知っていることが違う。

ピッチでパスを受ける前にも、似た時間がある。

さっきまで空いていた場所を、もう一度見る。

味方が同じ位置にいると分かれば、そのまま出せる。

相手が寄っていたら、出し先を変える。

確認した結果、予定どおりになることも、確認したから予定が変わることもある。

スパイクを手に取るときも、いつもの一足が、前回とまったく同じ状態だとは限らない。

靴ひもをほどきながら、次もそのまま使うか、先に確かめることがあるかを考える。

試合前に慌てて気づく代わりに、平日の玄関で気づく。

それは、仕事で使う資料を開き直すときにも、パスの前に顔を上げるときにもしている、小さな見直しだ。

ただ、家に帰ってから、いつも丁寧にできるわけではない。

鞄を置いただけで、その日の用事が始まる夜もある。

シューズケースに気づきながら、今日はそこまで手が回らないと通り過ぎる。

手入れの時間が、毎回きれいに予定へ収まるわけではないだろう。

木曜まで持ち越したことを責め始めると、玄関にある一足が、また別の宿題になってしまう。

今日、ケースを開けた。

前の試合から次の試合までの間に、その時間が入った。

そのくらいの大きさで捉えたほうが、自分の実際の暮らしに近いのかもしれない。

土を落とすために紙を敷いたのに、持ち上げた瞬間、紙の外へ落ちる。

一粒だけ拾うつもりが、玄関の目地にも同じ色が見える。

靴を片づけるはずだったのに、いつの間にか玄関の掃除まで始まっている。

しかも、両足を終えたと思ってケースへ戻すと、もう一粒、落ちる。

さっき確認したはずの土が、どこかで最後まで粘っていたらしい。

きれいに並べたところで写真を撮るわけでもなく、誰かへ完了の連絡をするわけでもない。

ケースを閉じれば、外から見えるものは手入れ前とほとんど変わらない。

試合の日に仲間が気づくとしても、新しく買った一足のほうかもしれない。

使っている一足をまた使えるように整えたことには、特に会話が生まれない。

それでも、次に持っていく。

前の試合で満足できたかどうかとは、別のところで手が動いている。

思うように蹴れなかった日も、出場時間が短かった日も、その靴をしまう場所は変わらない。

また履くつもりだから、置き場所がある。

サッカーを続けている理由を聞かれたら、少し考えてしまう人もいるだろう。

仲間がいるから、試合が楽しいから。

そう答えても、まだ言い切れていない感じが残ることがある。

けれど、木曜の夜にケースを開けた理由なら、もっと短く言える。

次に使うから。

その「次」を何度も用意しているうちに、試合に出る日だけではなく、道具を戻す平日の時間まで、暮らしの中に収まっている。

買ったばかりのときにはなかった擦れも、もう見慣れたものになった。

その一足がいつまで使えるかは、今ここでは分からない。

ただ、今日の手入れは、次に履くつもりで終わる。

これは、スパイクを手入れすることが、自分の暮らしにサッカーの続きを用意するということだ。

今日は、シューズケースを開けて一足を取り出してみる。

スパイクの手入れは、試合当日と平日のどちらにすることが多いですか。

いつも同じ一足で現れるチームメイトにも、この記事を。

次の予定は、Pullawayの試合日程から。

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